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私は竹細工職人の父と洋裁業を営む母との間に一人っ子として佐渡島で生まれ、高校卒業まで過ごしました。
その頃の経験が今の考え方の基礎を作ってくれたと思っています。
小学校低学年から新聞が好きで一人で物事を深く考えることが好きなタイプだったようです。
小1の時に初めてテレビが家庭に入り、そこで見た日立のCM「この~木なんの木、気になる木」の最後に映る大木の映像から「うわ~この木すごい根っ子だ」と強烈な感想を持つような、“見えるものより見えないもの”にとても関心が向く子供でした。
物事の成り立ち、原因や本質的なことに関心が強かったように記憶しています。
また、中学・高校時代は勉強もせずに海や山の自然を相手にアルバイトをしたり、遊び回る小集団のリーダータイプでした。冬の気候が特に厳しい土地柄ですし、交通も不便で貧乏ということもあり「我慢」「忍耐」が当たり前という性格は当時に身につけたものだと思います。
親からの大きな愛情は受けつつも家計の苦労は感じており、豚肉の細切れが僅かに入ったすき焼きが最高のご馳走というように華やかな生活とは無縁で、なんとかそこから這い上がりたいという気持ちでした。
18歳で上京しましたが心境として、「何もないのだから、うまく行かないのが当たり前」であり、「将来は一旗上げてやる」というような未来の成功をイメージして、良くすることだけ考えて頑張ることができました。
その思いがプラスに作用したのか、都会においてどこでどんな仕事をして苦労を感じたとしても、それをただひたすらポジティブに捉え、必死に頑張り、やり抜くことが当たり前になり、なぜかいつも実績をあげることができました。今となっては佐渡島の冬の強い風雨や環境にもとても感謝しています。
目の前の辛さを悲観的に捉えず、前向き一本で自分の努力や考え方といった自分が超えていける生き方だけに拘って生きることで、その先には必ず成長があり、達成の喜び、成果を手にすることができます。
今でも自分の心に持つこの根っこは変わりませんし、社員ともこのように在ればと願っています。
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