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人生を日々成長向上させ幸福なものとする上で、いくつも大切なものはありますが、自ら積極的に行動する「主体的人間」になるということがとても重要な要素です。その重要度は新入社員入社式でも社会人として第一歩を踏み出す、人生一度の機会を掴み強調して述べたとおりです。人生を作るうえで受身の傍観者でただ受けいれ、人が作る渦の周囲を「作業者」として回るのか。率先的に行動し自らボコボコおちている責任を取りにいって、主体的に「主体者」として渦を作り出すのか。人生の目的を真剣に考えた時、二つに一つの二択の世界になると思います。事務だとか経理だとか職種は全く関係なく、責任の大小も関係なく、常に仕事に取り組む生き様としての二者択一の単純世界です。私は前者のような生き方で、自分の人生なのに他人の人生に寄り添うようにして相手に依存している状態を嫌います。つまり自分の人生なのに「人生責任」を放棄している姿そのものは、人間に与えられた尊厳にそむく姿であり罪人だとすら感じてなりません。こんな利己で安楽な日々を送れば「人間の尊厳に唾して生きる」ことですから、当然に尻すぼみの人生で30年先を散々たる状態でむかえているでしょう。更には今のスタートラインは同じでも主体的に渦を作る人と貢献度(お役立ち高)において、その差は3年間で10倍、10年間で100倍つくでしょう。こんな受身で生きる「作業者」の姿はサンフロマンの生き方ではありません。マイナス感情なしの常に積極で頼まれた仕事を目的を持って主体的にやる、全力で当たる、より皆が良くなるために工夫改善する、意気に感じ責任に感じて主体的仕事に自らの考え方を振り向けることが大切なのです。当社急成長の要因は、社員一人ひとりが「仲間の幸せのために」を目的に、主体的に責任を喜んで取りにいって渦を作り、困難の中でやり遂げ自身の成長につなげ、サンフロ成長を牽引してくれていることにあるのです。その必死な責任感の結果が社員全員の幸せでしかありません。 主体的人間にどうすれば成れるか。更にはより渦を作り出す人間にどうすれば成れるか。社風がそうなっていますから皆は結構考えてくれていると思います。「主体的人間」はそんなに難しいことではなく、ある一点に意識を集中し、少しの努力と勇気を出せば誰でも自然に変身可能なことです。肩の力を抜いて以下に記す行為を楽観的に掴んでいただけたらと思います。サンフロは仲間皆が主体的な人間を互いに理解し、応援し成長を称えあう風土ですので安心してトライください。 「人は刺激を受けて、反応します」。この現象は誰でも同じです。しかし私たちは「刺激と反応の間に選択の自由」を持っていることを大切にしなくてはなりません。ここに問題点のポイントが存在します。主体的になれていない人は概ね「反応的な人」であり、このポイントで「嫌だ、面倒だ、逃げ」というようにな本能的な反応をしたり、うまくやろうや保身的な感情が先走ったり、自分の経験や先入観に基づいて「知ってる振り」「難しいことの言い訳」「もっともらしい言い訳」など常に同じような感覚的反応を即座にしているはずです。言葉や行動に「刺激と反応の間が人生をより良く生きることになる鍵」と考えたことがない人です。要は思考が浅く「反応の選択」をしていないのです(年長者でもこの手の人はいます。大概の場合、人を育てられる人になれません)。人は誰でも刺激を受けます。主体的に成長していく人は、その時の刺激に対して反応する前に「正しさや思いやり、意志や創造力、自覚・自己責任」の理性や魂のフィルターを通すことをやっています。すると発する次なる反応の言葉や行動は、「正しさ思いやりに満ちた、自分に対し責任を取った」、今までと全く違ったものになるはずです。ポイントとなるある一点とは、この刺激と反応の間のことであり、0コンマ何秒で瞬間的に深く考えるわけですが、この「刺激と反応の間で意識を集中して『正しい反応言葉』『正しい反応動作』を全霊を懸けて考える」ことが主体的人間への第一のポイントなのです。相手から見れば、自分が発した言葉・動作が的確な目的を掴んでくれており、期待値や魅力になっています。そしてそれが自身の身の処し方の動力と舵になるのです。有言実行の人間の形は、受けた刺激に対しての反応の仕方から作っていくものです。 私に叱られたりよく指摘を受ける点の多くがここにあります。社長室での承認行為時に自分のストーリーは考えてくるのですが、事案の本質やリスクを突き詰めていない状態で来ると(これは顔に書いてあるのですが)、私の質問に対し言葉に詰まったり、外部のせいにしたりする状態がよくあります。「こうだと思います」とか「そのように聞いています」というような反応で、リスク部分の指摘や多額な費用決裁を、今までの癖で反射的に根拠なくその場しのぎ的に発言し押し切ろうとする人がいます。仕事の根拠を追わず、仕事に思想がなく意志のない言葉や軽率な思考を指摘され撃沈して社長室を出るのは大概このパターンです。このようなタイプはお客様の前でも同じことをやっているはずです。要望に対し主張で返すような状態で「こいつに言ってもだめだ」と呆れられたり信用をなくしているのです。 営業場面で自分に不都合の質問(刺激)は丁寧に解決したり、捉え方や見方を変えてあげれば宝なのに、反応的な人の典型である自意見に固執した主張で論破しようとしたり、自分の責任を回避する保身や言い訳で対応する姿は何の意味もメリットもないことです。これは選択の自由度を考えれば、相手様の意見や要望こそ「意図は?」「正しさは?」と大耳立てて聞き入れ、それをベースに判断に導く近道であり、その聞こうとする真摯な態度が好感を持たれることになります。また不明を恥じ謝罪や改心などの潔い態度は信用をいただく基です。他にも選択しない反応には、自分が受けた感情や感覚で好き嫌いで反応したり、動物的に気に入る入らないや、「なんとなく」で流された反応もあるはずです。その時の状況や環境・今までの経緯や条件付けなどにも左右されたりしている反応もあるはずです。 人生に対する責任を放棄すると、反応的になります。反応的な人は周りの人間や環境に大きな影響を受けるのです。人が親切にしてくれると気分がいいが、そうでないときは落ち込んで不機嫌になる人などよく出くわします。反応的な人の精神態度は自らの精神軸がないために、他人の言葉や行動に左右されるのです。また環境面では先週のリーダー週報にもありましたが、多くの他社の営業マンは天気がよければ気分もよく外に出て活動的になる。反対に雨が降れば気分も悪くなり社内にいる。当社の主体的人間の場合、「だから今日は訪問し追客する絶好の日ですよ」の如く、このリーダーの発言のように、自分の天気を持ち合わせているのです。雨が降ろうが炎天下だろうが関係なく、考え行動ともに自らの価値観に導かれており、責任感と質の高い仕事を常にしていくという価値観を持っていれば天気がどうだこうだは全く関係ないわけです。もっと言うならこの例のように心理を分析し、出会いを生み、こんな天気の中を良く来てくれた、この人、この会社は違うと強みにしていくわけです。この主体性は経験や営業嗅覚のよさもありますが、リーダーとして分かりやすく話して上げられる思いやりと、思考力の深さがなければ出来ないことです。 私自身を考えた時にもこの反応の選択は当てはまるものです。社員が現在160名以上いて、1ヶ月に6億円からの経費が掛かり更に増していく環境下です。社長の肩には企業としての成長が社員だけでなく株主様や社会から期待され、応える責任があります。また未来永劫に渡って増え続ける社員本人とその家族の生活を保障し幸福創造を成す使命があります。「仲間の幸せが私の第一義です。さすれば仲間のためにその10倍はお客様に役立つ仕事をする。お客様に役立つためには社会性に合致した事業をしなければならない。社会性の行き着くところは地球上で最大の課題である環境を大切に事業を考える」「私たちは生きているのでなく、生かされているのだ」こんな一人ひとり発の宇宙の法則に沿った、正しい価値観の連鎖によって事業の未来が開けてくると確信してます。そのような中で私自身の疲れや多忙からの惰性、時には情で刺激(案件や事案)の急所を見れず、根拠や確信なく反応の選択を曖昧にしてしまい、誤った判断をしてしまうことがあります。勇み足が許されない社長は最終砦・最終決断者であり、意識をモーレツに集中させて聴いてるつもりでも、自分の立場の自覚が希薄化すれば企業はあっという間に倒産の危機に直面です。役員には最終判断者の社長のつもりで、思想哲学を磨き続け、四次元的見地に立った正しい判断をお願いしなければなりません。次は現場で多くの社員を導く部長の責務が重大です。次は次長課長・係長店長・チームリーダーが頼りです。そして一人ひとりの社員が二段階上の立場の意識で、主体的に「・・・のため」を大きく掲げて責任を取りに行ってもらう仕事ぶりが全ての始まりであり、事業単位で見ると完結していく、その繰り返しの正しいお役立ち拡大であるわけです。 主体的な人の最も基本的な性質は「自分の価値観に基づき行動する」ことです。正しい価値観が大切です。入社間もない新卒や若い人ではこの自分の価値観が難しい問題としてあるようです。最近研修で「精神軸」について掘り下げ、考えたこともなかった自分の本当の姿、判断の基準や思考回路、価値観に目覚めて、今までの精神軸では「冴えない自分になっているのは当たり前だな」「将来の夢を考えれば今の精神軸ではとても達成不可能」と実感している人が相当います。素晴らしいことはその実感を反省に変えて、この20歳前半というダイヤモンドのような年齢で真摯に自己改革に取り組もうとしていることです。主体的人間は、「刺激と反応の間を考えて発言する」ことで作り上げていくものです。是非日々たゆまず反省で正してもいいし、一気呵成にスパッと強制的に直すのでも構いません。責任を自ら取りに行く反応言葉で主体的人間なってまいりましょう。 参考までに私の現在は、26歳の時に騙された体験における、刺激と反応の様子が最もよく実態を示していると思います。人を恨まず、「周囲の出来事の責任は全て自分にある」と考える性格は人格と人生を向上させてくれるものだと実感します。何人かの新人研修レポートにも記載がありましたので最後に紹介しておきます。当時の体験です。 【もっと広い世界を知ろうと思った動機から、株式取引だと思って引っかかってしまった先物取引の罠。その詐欺によって当時100万円余り貯めていた貯金が全てパーになりました。この騙されたことを知った時の私の本心からの気持ちです。『なんて俺はラッキーなんだ。この歳でこんな経験をさせてもらえた。ありがてー』。勿論腹立たしくもあり恨みはありますが、それ以上にいい気になって狭い世界で自由奔放、傍若無人でいた自分に、自分の小ささと世界の広さを教えてもらえたことに大きな感謝をしていました。これで目が覚めて学生時代からの夢であった一級建築士になるべく転職したのです。】 余談ですが、やっとこさ設計を学びたいと入社を許された念願の建築事務所でも、一級建築士はいるものの名ばかりで何も設計など行っておらず、騙されることになるわけです。しかし出会いに不必要なものなど一つもありません。お金もなく職を離れられない実情もあり、愚痴一つ言わずに懸命に仕事に打ち込み頑張ったこと、それが天職の不動産に出会う転機になっていきました。どのような刺激であっても前向きに良い方から見る習慣、全力で頑張る行動、自分は常に誠実に生きる、その自分ひとりで決められる「反応の仕方」によって人生はガラッと変わっていくものだとつくづく思います。 |



