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SUN FRONTIER WAY > プロジェクトストーリー 02

フィロソフィは、いかに実現されているか Project Story - 02 -

全てをやり切ってこそ、
結果は生まれる。

不動産ソリューション事業部 佐久間 弘次

東京の一等地。交通の要衝であり、“文化”と“ビジネス”の拠点としても全国に名の通った街を舞台にした、あるビルの売買仲介のストーリーである。
東京の伝統的な街において、戦前から主として飲食業を、副業としてビル賃貸業を営まれてきたC社様。関連会社に資産管理会社があり、ビルの売主は、この資産管理会社である。その社長-D様は、C社四代目社長の長男である。

買主は、E社のF会長。E社は、明治時代に創業した歴史あるメーカーで、業界トップの企業である。F会長は、創業家の五代目経営者である。

話は、リーマンショック後の2010年に遡る。

プロパティマネジメント事業部のK課長が、当該物件(仮称Vビル)を所有していた企業に飛び込みで訪問。初回訪問でK課長は先方担当と意気投合し、Vビルの空き室を1フロア分埋めることができるなら、ビル全体のプロパティマネジメントを任せよう!というお約束をいただいた。

K課長は、当時まだ血気盛んだった3年目のM社員に声をかけ、絶対に成功させよう!とプロジェクトはスタート。二人の尽力でお客様からの要望に対して結果を残し、晴れてVビルのプロパティマネジメントはサンフロンティア不動産が受託することとなった。

しかし、Vビルは当時稼働率が6割を切っていた状態。しかも、当該物件の位置する街は独特の“文化”を持つ街であり、当時の貸主会社の審査基準が厳しく、テナント誘致は非常に難易度の高い挑戦となった。
その後、貸主会社の経営状況の変化により、Vビルは売却されることとなった。その買主こそが、この度の売主であるC社の資産管理会社であった。
C社資産管理会社に、オーナーが変わったVビル。しかし、立地など諸条件は相変わらずで、テナント誘致の難易度の高さは依然として存在していた。
しかし、そこで知恵と技術を駆使し、「お客様視点で、自分たちがするべきことは何かと考え続けた」神田店のメンバーが、見事な成果を残した。
テナント様は絶えず入れ替わりがあったものの、用途変更を行なう等、工夫を積み重ねて稼働率を高め、やがては満室稼働を維持するにまで至った。この一連の積み重ねによって、D社長から信頼いただき、今回のメインストーリーへと繋がったのだ。

その後、C社資産管理会社は、Vビル売却を計画。その情報をキャッチしたK課長は、流通事業部の佐久間に話を持ち掛けた。佐久間にとって、これがD社長とはじめてお会いする機会であった。
D社長によれば、「他の物件で償却を出したので、Vビルではこのくらいの売却益を出してもバランスシート的には問題ない」とのこと、つまりは希望する利益額=売却価格の目安が提示された。佐久間の計算では、その目安額であれば十分勝算があった。
それを象徴するかのように、商談の場はK課長の的を射た話題で大いに盛り上がった。

佐久間は、何度かK課長と同行の機会を得ていたが、論理的なアプローチを行うケース、難しい案件に柔軟に入り込むケース、相手の懐にグッと入り込むケース、時には相手と激しく議論を戦わすケースと、毎回実に多くの引き出しを目の当たりにし、心服していた。
そのK課長による、商談の席を後にしてからのアドバイスは「今回は、スピード勝負」というもの。佐久間は、その言葉に従い迅速に行動を始めた。

当時、佐久間には同時期に力を入れて案件のお手伝いをしていたお客様がいた。
それが、E社のF会長である。ご高齢ということから、相続対策を急がれていた。
F会長は、14歳の若さからE社に入社、見習い工としてのスタートから、今日のE社を創りあげた。職人気質で寡黙、義理人情に篤く格式や伝統を重んじる方だ。だから佐久間は、ご紹介する物件はいつも以上に厳選し、自信を持って薦められるものだけを提案してきた。

しかし、今回の物件-Vビルは、舞台となる街の独特な“文化”のにおいで充満したようなビルで、若者たちが集まるような場所だった。一見、謹厳なF会長にはふさわしくない、そればかりか逆鱗に触れてしまうのでは・・・と考える社員もいたが、佐久間は違っていた。
交通の要衝である割には、“文化”の街であるせいか賃料相場は割安。しかも周辺では、新設のビジネス用途のビルが建ち始めていて、街はにわかにビジネス街への転身をはかっていると思えた。しかも、立地的に今後も高い流動性が望める。購入後もしっかり寄り添えば、キャッシュフローも安定し、安心して後に残る方に相続できる。
それが、佐久間の見通しだった。

提案の相手は、謹厳なF会長。地域特性、将来性、希少性、節税効果、何より当社が責任をもって管理を引き受ける、というようなことを「トータルで」提案することが大事と、佐久間は考えていた。なぜなら、F会長の本当の望みは、利益を得ることではなく「安心」であったからだ。安心して、後に続く大事な人たちに資産を引き継ぎたい。これこそが、F会長の望みなのだ。
綿密な、佐久間の準備。彼は、9割がたを事前に準備、イメージできる状態を目指していた。
当日はイメージ通りにF会長をご案内。節々で街の特徴、物件の特徴をプレゼン。M社員が「この値段ならすぐに決まります」と後押しをしてくれたこともあり、案件はほぼ決まったかのように思えた。

しかし、競合の登場により、案件の様相は変わった。
売主D社長と昵懇のK課長にも協力いただき、競合側がどのくらいの値段を提示しているのかについての探りも入れたが、D社長はあくまでフェアに、というスタンスで競合の提示額を教えてはいただけなかった。佐久間は、正解のない問題に取り組むような心もちで、自問自答を続けた。
「何が正しいのか?正しい買収価格とは、いったいいくらなのか?どう行動するのが、正しいのか?」と。
また、佐久間はVビル紹介の前に、F会長の購入希望に2回失敗している。もう、後は無い。

腹をくくった佐久間。悩み抜いた結果たどり着いたのは、自分の信念、自分の提案に対する自信だった。相続税対策の面からも、購入後の運営にも、提案には自信があった。
実は、初期に提示した額より、1億少し高い額での購入提案となった。しかし、間違いのない相続資産となることを信念を持ってお伝えし、最終的にF会長はそれを受け入れてくださったのだ。

私利や私欲から離れ、何が正しいのかを考える。お客様視点で、寄り添う。
考え抜いてたどり着いた答え。悩みぬいたからこそ、自信が持てた。
何より、成約後のF会長のよろこんでいる様子を目にしたことが、佐久間に大きな達成感をもたらしたのではないだろうか。

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