FRONTIER JOURNEYとは

FRONTIER JOURNEYでは、サンフロンティアに関わる社内外で活躍するさまざまな「人」に焦点を当て、
仕事への想いや人生哲学を深くお聞きし、私たちが大切にしている「利他の心」や新しい領域にチャレンジし続ける「フロンティア精神」についてお伝えしています。
人々の多彩な物語をお楽しみください。

Vol. 053

人が輝くために欠かせないたった一つのものとは?
苦悩するシェフが見つけたインクルーシブな社会の在りかた

お料理 あなぐち オーナーシェフ
菊池 猛Takeshi Kikuchi

2024年2月23日

新潟県佐渡市の南に位置する宿根木は、重要伝統的建造物群保存地区に選定されている美しい観光スポットだ。ここに、佐渡の食材を使った本格フレンチが楽しめる古民家レストラン「お料理 あなぐち」がある。オーナーシェフの菊池猛氏は、東京に生まれ、都心のレストランで腕を磨いたのち、佐渡に移住してこの店を開いた。彼が佐渡へ移住してきた理由、そして、このレストランを通じて成し遂げたい想いとは。その半生にせまる。

過去のトラウマを乗り越え、人に資する仕事がしたい

「人が学び合える、学校のような場所をつくりたいんです」

菊池氏がこの想いに辿り着いた真意を知るには、彼のこれまでの人生を紐解いていくことが必要になる。その決意を秘めた瞳で語った彼の半生は、予想していたフレンチの華やかな世界とはまったく異なるものだった。

「高校卒業後にフランス料理専門学校へ進学し、都内で料理人として修行をしました。しかし、当時は料理人の数も多く、言葉を選ばずにいえば“使い捨ての駒”のような扱い。先輩からの体罰などが横行する環境でした」

バブル崩壊後の混沌とした時代、古い昭和の倫理観が色濃く残り、決して働きやすい環境とはいえない職場が多くあった。

「そうした環境を何とか耐え忍んでやっと厨房のトップになったとき、自分は理不尽なことに手を染めないぞと誓ったのですが……」

若き日々のトラウマが心の奥底に横たわり、度々彼を苦しめた。

「厳しい働き方しか知らない自分にとって、それ以外の方法を見つけるのが困難で、先輩にされたことを後輩にしてしまうことが多くありました。ダメだとは分かっているのに、どうすることもできない。人間としての成長ができていない自分を知る、とても苦しい時期でした」

転機が訪れたのは、39歳のとき。働き詰めの厨房で、彼は意識を失い床に倒れた。脳動脈解離という病気だった。もう朝早くから夜遅くまで体を酷使できない。それはすなわち、シェフの仕事を辞めなければいけないということだった。幸い大事には至らなかったものの、別の仕事を探さなければならなくなった菊池氏は、障がい者福祉施設で技術指導員の職に就いた。

「その施設には、シェフの時代からボランティアで足を運ばせてもらっていたのですが、そこでの経験が現在の自分に深くつながっています。単に料理をつくったり指示を出したりするだけでなく、福祉とは何か、支援とは何か、そもそも人権とは何か。そういったことを深く考える契機になりました」

菊池氏は次第に福祉に対する興味を強くしていった。障がい者福祉に留まらず、地域福祉にも目を向けながら、自分にできることは何かを探す日々。そうして辿り着いたのが、誰しもが学び合える「場」をつくることだった。

誰に何といわれようと“仲間”がいる佐渡なら、生きていける

新たな人生の目標に向けて歩みはじめた菊池氏。そのなかで見つけた選択肢の一つが、佐渡への移住だったという。

「病気をきっかけに自分もいつかは死ぬんだと改めて実感し、父と一緒に彼のルーツである佐渡に里帰りをしたんです。しばらく生活するなかで自然豊かな佐渡の素晴らしさに感銘を受け、ここで次なる人生に挑戦したいと思うようになりました」

佐渡を拠点に、料理人だからこそ提供できる学びの場をつくりたい。そうした想いで移住の計画を練り始めた菊池氏は、佐渡市が募集していた地域おこし協力隊に参加。志を同じくする仲間との出会いが、佐渡移住への決意をさらに強固なものにしていった。

「協力隊として島内の視察をさせて頂くなかで、太鼓芸能集団『鼓童』(Vol.48)が運営する深浦学舎を拝見しました。そこで鼓童の歴史や思いに触れ、私がやりたいと思っていたことを既にやってきた人が、ここにたくさんいると感じたんです。東京に住んでいたときは、人に夢を語ると「青臭い理想を」と鼻で笑われることがありました。しかし佐渡には、自らの信念を支えに活動を続けている人がたくさんいる。それを知った瞬間、ここでなら生きていけるという実感がわいたのを今もはっきりと覚えています」

菊池氏は、農業のサポートや宿根木集落の空き家の管理、移住者の受け入れや作物の商品開発など、さまざまな活動を行いながら夢の実現に向けて邁進。そうして1年ほどした頃、氏のもとに古民家を活用したレストラン経営の話が舞い込んできた。

「目標は学校をつくることだったので、最初は断ろうかとも思っていたのですが、心の奥にしまっていた料理人の血が騒ぎはじめたんです。以前、古民家を活用したお店をやりたいと物件探しをしたこともあり、チャンスだと感じました。レストランと学びの提供。その二つの掛け合わせで面白いことが出来るかもしれないと、話を引き受けることにしました」
こうして菊池氏は、佐渡の食材を使った本格フレンチが楽しめるお店「お料理 あなぐち」をオープンさせた。

活躍できる環境さえあれば、仕事の質は高められる

店を切り盛りするようになって1年。港から車で約10分という好立地だったこともあり、連日のように多くの観光客が訪れ、「お料理 あなぐち」は想像以上に繁盛した。当初は地域おこし協力隊として引き続き活動していた菊池氏だったが、宿根木という土地の魅力を再確認し、シェフ業に注力することにしたという。

テーブルと椅子の数を増やし、レストラン内の動線を整備。「鼓童」の公演時期の来客数増加を見越し、キャパシティを拡大した。

加えて、スタッフの採用にも着手。しかし福祉に対する強い想いから、一般的な求人募集ではなく、社会福祉協議会や子ども若者相談センターの支援を受けている若い人たちを採用した。また、地域のお母さんたちもスタッフとして雇用し、障がいのある人もない人も「ごちゃまぜ」の職場をつくり上げた。

「あなぐちは学びの現場だと考えて取り組んでいます。シェフでありつつ指導者としても指揮をとり、スタッフみんなに技術と給与を分配していきたいんです」

福祉だから、障がい者だからと、仕事の質を妥協することはない。菊池氏はレストランとしての「絶対的な質にこだわりたい」と断言する。

その思想を得たのは、特別養護老人ホームのカフェで技術指導を担当していたとき。当初、そこで働く障がいのある人たちは指示通りに料理を運ぶだけの仕事を任されていた。そんな状況に悶々とした気持ちで過ごしていた折、コロナ禍が直撃。カフェは閉店に追い込まれた。店の仕事を失った障がいのある人たちは、ゴミ拾いなどの仕事に従事するようになった。彼らの人生から輝きが消えていく様を見るようだった。彼らの生活に対する危機感を胸に、菊池氏は自ら新しいカフェをつくることにした。かつて飲食店として利用していた老朽化した建物をリフォームし、今どきのオシャレなカフェへと衣替えした。

「カフェを見たみんなはびっくりして、“私たちがここで働いていいんですか”と。 “あなたたちのステージですから、一緒に働きましょう”と伝えました。すると以前とは見違えるようにいきいきと働きはじめ、自分でつくったまかないを美味しそうに食べたりしています。自分たちの仕事の質が素晴らしいと、人は誇りを持つことができるんですね。自立とはこういうことなのだと気づかされました」

活躍できる環境があれば、障がいの有無に関わらず仕事の質は高まっていく。その信念をもとに、店は進化を続けた。

障がい者雇用を通じ、“ごちゃまぜ”の包括的な福祉を目指す

2023年7月、菊池氏は一般社団法人「しなしなやらんかや」を立ち上げた。代表に、地域おこし協力隊で「子どもレストラン」などのボランティアとして活動していた小木町出身の看護師を迎え入れ、健常者と障がい者をごちゃまぜにした包括的でソーシャリー・エンゲージドな(多様な人々が“共存・共生”する/一人一人が輝ける)社会の実現を目指す。また、2024年には小木町に新たな拠点をつくる予定だと語る。

「気軽に一杯立ち寄れるようなアトリエ&バルをつくる予定です。飲食は私が担当するのですが、15〜17時の間は『しなしなやらんかや』の代表の手による“ソーシャリー・エンゲージド・バル”にしようと考えています。看護師である代表がカウンセリングをしながら、お茶やお酒を提供するというイメージです。もちろん、働くスタッフの居心地の良さが前提です。あとは、障がいのある人々の可能性を広げるために、飲食以外の仕事も紹介できる事務所をつくりたい」

菊池氏は、「雇用半分、自立半分」というキーワードを掲げ、自立するためのチャレンジができる余白を設けて障がい者雇用を進めている。その実現に向け各方面からキーパーソンを呼び込み、より良い環境づくりを目指す。

法制度として、大企業には一定割合以上の障がい者雇用が義務づけられている。しかし、その発想では不十分だと菊池氏はいう。人をポジションに配置するのではない。「この人たちが輝くための仕事は何なのか」を最初に考え、それに対してアクションを起こしていくことが何より重要だというのが彼の考えだ。

最後に、菊池氏の今後のビジョンを伺った。

「石川県にある社会福祉法人の取り組みで、『ごちゃまぜの福祉』というものがあります。施設が中心となり地域の個人店などを支援し、人材を派遣しながら街全体を盛り上げるという施策です。我々もそれに近いような形で、連携型の社会をつくっていけるように協力してくれる事業者を増やし、佐渡を元気にしたいです」

障がいの有無に関わらず、一人一人の個性と強みを発揮しながら、人々がごちゃまぜに活躍する街。そんな佐渡の未来が今から待ち遠しい。

Next Frontier

FRONTIER JOURNEYに参加していただいた
ゲストが掲げる次のビジョン

障がいがある人もない人も、みんなが輝ける(ソーシャリー・エンゲージドな)街をつくる
編集後記

今回、佐渡を中心に取材を続けていますが、そのテーマは「しま夢」。「島の持続可能な成長で島国ニッポンを元気に!」という夢の実現です。そしてしま夢を語る時に大切なことが、多様性を受け入れ社会の力にしていくインクルーシブな価値観です。今回、菊池氏とお話しする中で、従来的なアプローチでは障がいのある人の自己肯定感を下げてしまうケースがあることに改めて気づかされました。質の高い仕事を通したやり甲斐や自立こそが、人を輝かせる。苦難の後に導かれるようにして佐渡にわたり、花開かせた新しい夢。取材を通じてそのドラマティックな人生を追体験することで、いつの世も、“時代”というものを創るのは志に突き動かされた人の熱量なのだと、しみじみと感じ入る時間となりました。

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TEL:0259-58-7227 HP:https://www.anaguchi.com/

いかがでしたでしょうか。 今回の記事から感じられたこと、FRONTIER JOURNEYへのご感想など、皆さまの声をお聞かせください。 ご意見、ご要望はこちらfrontier-journey@sunfrt.co.jpまで。

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いただいたコメントの一部をご紹介いたします。

“人が輝くために欠かせないたった一つのものとは? 苦悩するシェフが見つけたインクルーシブな社会の在りかた” への2件のフィードバック

  1. ルナ より:

    初めまして。
    私の宝物の息子も料理人です。
    息子facebookを拝見しました。
    息子が色々な方々にお世話になったことを、感謝すると共に、お礼と、エールを送ります。これからも身体に気をつけて、無理をせずに頑張って下さいね。

  2. 佐藤久雄 より:

    ご苦労様です。感動しました。障害のある人もない人もみんな輝く佐渡ヶ島こそこれから佐渡の目指すべき方向性だと考えます。佐渡の人口はいつの間にか48千人になりましたが、うち約4,400が障害者です。そう、約1割が障害者です。皆さんが「夢と希望」を持って輝く社会を目指す必要があると考えます。菊地さんはまさにフロンティアの開拓者と考えます。

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