FRONTIER JOURNEYとは

FRONTIER JOURNEYでは、サンフロンティアに関わる社内外で活躍するさまざまな「人」に焦点を当て、
仕事への想いや人生哲学を深くお聞きし、私たちが大切にしている「利他の心」や新しい領域にチャレンジし続ける「フロンティア精神」についてお伝えしています。
人々の多彩な物語をお楽しみください。

Vol. 027

19坪7席の小さな店から、
十数店の多店舗経営へ
異能の女将が手掛ける新しい板前の世界

八十嶋 女将
三國 晴美Harumi Mikuni

2023年2月10日

銀座6丁目、並木通り沿いにたたずむ和食店「つるとかめ」。整然とビルの立ち並ぶ通りから一歩足を踏み入れれば、木の温もりのある暖かな空間が広がり、目の前のカウンターで板前が調理した上質な懐石料理を味わうことができる。実はこの店、板前が全員女性という珍しい和食店だ。
この店の女将を務めるのが三國晴美氏。「つるとかめ」を含め、首都圏に13店舗もの和食店を展開する株式会社八十嶋の代表取締役 兼 総料理長である三國修氏の妻であり、創業時から経営・運営を一手に引き受けてきた。
“板前が全員女性の和食店”というコンセプトに込められた深い想いや、女将や経営者、母親など、さまざまな顔を持つ彼女の半生を聞いた。

さまざまなキャリアを経て、未経験の“女将業”の世界へ

晴美氏は、若い頃から飲食業界一筋で歩んで来たわけではなく、女将の前にはユニークな経験を重ねている。社会に出て初のキャリアは、大手素材メーカーの事務と組織管理。その時代に、部活動の監督として高校に来ていた三國修氏と出会い、結婚。子どもを授かった。

「学生時代、『燃えよドラゴン』という映画の影響で少林寺拳法部の人気が高く、私も入部したんですね(笑)。その部活に監督として外部から招へいされたのが三國修さんでした。彼は当時から板前をしていましたが、少林寺拳法で身を立てたいという思いもあったみたいです。ただ、私たちに子どもができたこともあって、板前で生きていこうと決心していましたね」

昭和末期、女性は子どもができたら寿退社というのが一般的だったが、晴美氏は、退社することなく働き続けた。当時は、出産や育児に対しての認識が今と異なり、現在ではパワハラとされるような経験もあったという。

「出産を支援する制度もなく、嫌味を言われたりしましたね。修さんは昔気質の職人さんですから、若い板前さんを連れて飲み行くとおごるのが当たり前という感覚。そのぶん、家計にあまり余裕がなかったという経済的な理由です(笑)」

その数年後、素材メーカーを退職し、宅配便業者や託児所など、さまざまな職場を経験。その中では子どもと一緒にアフリカで生活した期間もあったという。

「アフリカで仕入れたバッグなどを扱う小物店をやろうと思っていたんです。ただ、いろいろ手違いがあったり、夫が板前さんということもあったりして、和食店を経営することになりました。北千住に19坪7席の小さなスペースが、私が持った初めてのお店でした」

降って湧いたような展開から女将になった晴美氏。当然、まったくの未経験であり、知識やノウハウはない。さらに、まだ幼い子どもがいたこともあり、その生活は多忙を極めた。

「私はビールも冷やさないような家庭で育ちましたし(笑)、和食店のマナーやしきたりなどまったく知らない素人でしたから、現場の板前さんたちに、ひとつずつ『こうやってやるんだよ』と教えていただきながら、なんとか切り盛りしていたという感じです。修さんも、大きな料理店に勤めていたのですぐにこちらの店に来ることはできなかったのですが、板前の立場からあれこれとアドバイスや協力をしてくれました。
当時は、子どもが小さかったので、お店と家を1日に何度も行き来しながら、朝早くから夜遅くまで本当に忙しかった。10往復するなんてこともありましたし、寝る時間がないことが当たり前でしたね」

1年後には、修氏がお店に合流して料理部門のリーダーとなり、経営と運営については晴美氏が担当する体制を構築した。数年間で徐々にお店は軌道に乗り、北千住の次は下北沢、宇都宮と徐々に店舗を増やしていった。

経営は、「まかせること」「理解してもらえるよう努めること」「正直に話すこと」

北千住の小さな和食店を皮切りに業容を発展させ、さらには銀座に出店するというのは、経営者として並の才覚ではない。そんな晴美氏の運営・経営の基本は、“権限を渡してまかせる”ことにあるという。

「1店舗だけなら全部を自分で引き受けるかもしれませんが、多店舗となると、はじめから店長さんなどに権限を委譲しないと、モチベーション的にも、オペレーション的にもうまくいかないと思いますね。たとえば扱うお酒も、絶対にこだわる銘柄だけ決めて、あとは店長に選んでもらっています」

料理の世界とは異なる一般企業での勤務経験はあるものの、料理店の経営においては知識が0の状態から女将という立場に飛びこんだからこそ、“自分より詳しい人の力を借りる”ことの重要性を最初からわかっていたのだろう。

また、晴美氏の重要な仕事の1つが、修氏が担当する料理部門との調整だ。和食の世界には、職人である板前の上下関係と、店長などの運営・経営側の上下関係という2つのヒエラルキーが重なり合う独特の人間関係がある。業務の主役は料理であるため、どうしても板前の立場が上になりがちだが、板前との調整は経営トップとしての重要な役割となる。

「集客や雇用についてのアイデアを板前さんたちとの会議で話し合いますが、技術を受け継いでいる職人さんは伝統を重んじます。和食店にとって、それはとても大切なことですが、時代に合わせて変えなければいけないことも多いので、まずは現状を理解してもらうことを意識して相談していますね。新しく何かを取り入れる時には、ただアイデアを出すのではなく、現状を理解し、その必要性を共有することで少しずつ変わっていけるんですね」

こうした経営と現場の調整は、大きなハレーションの原因になることも多い。しかし晴美氏は、夫が職人であり、また、職人さん達に育てられたからこそ、彼らの気持ちの機微を察し、円滑に進めることができたのだ。もちろん、すべてが順風満帆だったわけではなく、さまざまな苦労があった。

「お店を出店する際、ありがたいことに古い友人などから『ここでお店をやらないか』とか『資金を貸すからやってみれば』と言っていただけることもあるのですが、自分たちで場所を探したり、銀行に融資をお願いに行ったりするのは、特に最初の頃は苦労しました。銀行は実績を出していないと付き合ってくれない部分もあるので地道に何度も通いましたね。あとは、不動産会社が海外の企業になったときは急に賃料などの条件が変わり、お店を引き上げることになったのも大変でした。突然のことで、常連のお客さまなどにもお伝えできず、のちにクレームになったこともありました」

コロナ禍で営業ができなくなったときも、当然、売上は立たずに苦境におちいった。しかし、晴美氏は、こうした事態を見越した多角的な経営をすでに行なっていた。

「いつか外食だけでは難しくなる時期が来ると思っていたので、初期の頃に料理の工房をつくり、加工した食材を卸す“メーカー”としてのビジネスモデルをつくりました。それでコロナ禍になり、すぐにお弁当やお惣菜をつくってデパートなどに卸すことができました。
とはいえ、売上は落ち込んでいたので、店長たちに会社の財務状況を正直に伝えたんです。すると、店を守るためにどうするべきか意見が出てきたり、コロナの罹患者が出たらヘルプに入ったりと、自然とみんなで助け合いが生まれ、なんとか乗り越えることができました」

ここまで店舗を拡大できたのは、和食店として卓越した料理があったのはもちろんだが、晴美氏の才気と先見の明があったのだ。

職人の世界を経営という視点で進化させ、若い板前が育つ環境をつくる

現在、晴美氏が注力しているのが、板前という職人の世界を会社組織としてつくり替え、次代の若者が育つ環境を整備することだ。
古い時代は、尊敬する職人のもとに集まった若者たちが、技術を身につけるためにさまざまな困難を根性で乗り越えていた。だが、労働環境やコンプライアンスの重要性が叫ばれ、若者の意識も大きく変わった現在、それでは若者は育たない。

「もともと、修さんが『若い人を育てる』ことをとても大事にしていたこともあり、若者を職人として育てるにはどんな環境にするべきなのかを考えながら、会社として1つずつ決めごとをつくってきました。今年はハラスメント講習なんかも行いましたね。
あとは、女性の板前さんが育ってお店のトップになることってほとんどなく、現在でも日本の職人は男性社会で女性が力を発揮するのが難しい部分もあると思うんですね。それなら“全員が女性だったら”という思いでつくったのがこの『つるとかめ』です。この店には、女性の板前さんを育てたいという明快なコンセプトがあるんです」

「つるとかめ」では、料理人の世界では曖昧になりがちな勤務時間や休日の制度を整えつつ、一流の板前を目指すか、勤め人として料理に取り組むかを自分で選べる選択肢も提供している。また、カウンターに立つ板前として見識を広げるため、短歌や俳句、書道、そして、海外からのお客さんのために英会話といった習い事も行っている。

こうした取り組みも、もちろん最初はそう簡単にはいかなかった。オープン前の1ヶ月間、他店舗で試験的に「つるとかめ」の板前たちだけで料理を提供する機会をつくったが、まったくうまくいかず散々な結果だったという。しかし、晴美氏は「お客さまを失ってでも」という強い覚悟があった。

「これまでにない取り組みですし、女性の板前さんが成長できる環境をつくるためならと思ってね。現場の店長はとてもやきもきしたようですが(笑)」

とは言っても、本質的に男女は関係ない実力の世界。技術を身につけるため、板前を目指す彼女たちは、脇目も振らず、目の前のことに集中してコツコツと努力を続けた。

「思い出すのは、先ほどもお話ししたコロナ禍でのお弁当づくり。お店なら、大きなお魚を1尾捌いてお料理にしますが、お弁当は鰻100本など数をこなさなければならないので、技術を体で身につけられるんですね。また、待っているだけでは売れないので、こちらからお客様にアプローチして一生懸命に売らなければならない。お金の大切さも身に染みて感じられたと思います。そうした意味ではコロナ禍も意味があったのかな、と思います」

経営者でありながら、コロナ禍を“板前の成長のために有意義な時期だった”と言い切ったことは大きな驚きだ。それほどまでに、晴美氏は板前の育成を重要視しているのだ。

「今では、みんなすごく美しい所作で素早く料理を出しますよ。開店当初は同業者などから『ほんとに大丈夫!?』みたいな視線もありましたが、彼女たちの仕事ぶりを見たら、誰も何にも言わなくなりました」

“日本一の店”、“新日本料理”、“シニアのサロン”…まだまだ挑戦することはたくさんある

最後に、晴美氏に今後の目標を聞いた。

「『つるとかめ』では、板前さんの白衣の背中に小さく日本の国旗が貼ってあるんですね。これは、銀座で1番の料理を目指そう、そして、銀座で1番になれれば、東京で1番、日本で1番になれるという意味なんです。そして1番になったら、1ヶ月くらい海外で和食をふるまう遠征をするのが目標です。もちろん、銀座には偉大な先輩の店がたくさんあるので、まだまだ遠い道のりかもしれませんけどね」

美しくて目指しがいのある目標だが、さらに晴美氏には、これまでにない新しい日本料理をつくりたいという壮大な夢がある。

「うちの板前さんたちと話しているのが、中だるみが一切ない、全部が心から食べたいと思えて、なおかつメリハリのあるようなコース料理。お酒を飲むなら、最後にご飯じゃなくておつまみで終わるような。“新日本料理”なんて呼んでいますが、すでにいくつかの店舗で試し始めています。
あと、修さんが意欲を燃やしているのは、60歳以上のお客さまに、お昼から5時くらいまでの営業時間の中で、工房でつくった湯葉や上質なお野菜、ときには他のお店でつくったおいしい材料を使った料理を楽しんでいただくシニアサロンみたいなお店。板前を育てる組織づくりがひと段落したら、取り組みたいですね」

晴美氏は、ブランド物を持つことがほとんどないという。「私がブランド品を持つとしたら、会社の1番若い人も高級品を持てるくらいに彼らの地位を高められてから。でもある時、アルバイトさんから『ちょっとは良いもの持ってください』ってブランド品をプレゼントされたことがあります(笑)」と晴美氏は楽しそうに笑うが、アルバイトからプレゼントをもらえる経営者とは、なんとも素敵なエピソードだ。
こうした晴美氏の人柄こそが、開店当初に協力してくれた板前たちや融資をしてくれた友人、そして優秀な板前やスタッフといった周囲の人を自然と巻き込み、会社が成長していく原動力になっていると確信した。

Next Frontier

FRONTIER JOURNEYに参加していただいた
ゲストが掲げる次のビジョン

「つるとかめ」の料理を日本一に成長させ、海外へ和食遠征する
編集後記

驚きの連続だった三國晴美氏の取材。「板前が女性だけの和食店」は初めてだし、「お客さまを失う覚悟」を持ってでも新しいことに挑戦していく姿勢も革新的なものでした。さらに、多くの料理店、特に一等地のお店ほど甚大な損害があったというコロナ禍すら、板前さんの成長のためには「有意義な時期だった」と言い切れる経営者の心胆。そこには深い想いや経営の哲学があり、また綿密に計算されたものでした。
真にイノベーティブな人とは、論理を十分に備えながら、時としてそれを飛躍することもできる、晴美氏のような人のことを言うのだろうと得心し、つるとかめを後にしました。

この3月、FRONTIER JOURNEYのライブ配信版 FRONTIER JOURNEY Live! がスタートしました。
第1回のテーマは「東京を世界一愛されるグローバル都市へ!『銀座』流の街づくり」です。
ご視聴はこちらから:第1回 FRONTIER JOURNEY Live!

いかがでしたでしょうか。 今回の記事から感じられたこと、FRONTIER JOURNEYへのご感想など、皆さまの声をお聞かせください。 ご意見、ご要望はこちらfrontier-journey@sunfrt.co.jpまで。

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